プロフィール補足 0歳~5歳編

 

こんにちは。めがね税理士の谷口(@khtax16)です。

 

を書いてからだいぶ経ったのですが、ふいに幼少期のことを思い出したため、略歴を埋めるために今回も少し更新してみたく思います。

 

なお、しょっちゅう使っていますが、今回もヒューマンピクトグラム2.0さまからかなり拝借してイメージを作成しています。

著作権の表記は不要とのことでなかなかご紹介できないのですが、こちらの管理人のダーヤマさんのつくるピクトグラムが大好きでいつも使っています。いつもありがとうございます。

 

 

 

1985年(昭和60年)1月 0歳

長崎県長崎市で生まれました。いわゆる里帰り出産というやつで、当時住んでいたのは埼玉県。

誕生時へその緒が首に巻き付いていたらしく、仮死状態での生誕。

生まれた瞬間九死に一生を得る、という貴重な体験をしました。

 

 

 

1987年(昭和62年) 2歳頃

生まれたあと埼玉県与野市に戻り、アパートの2階に住んでいたのですが、2歳のときに2階の階段から転げ落ちる事件がありました。

 

転げ落ちるってあれですよ。

 

こんなかわいい感じじゃないですよ。

 

 

 

縦回転をしたというかですね、

これが、

こうで、

 

 

こうですよ。

 

 

 

よっぽど強烈だったせいかその落ちているときの記憶がいまでもあるのですが、びっくりすることに無傷でした。

 

お医者さんは、

「まだ首が柔らかいから衝撃を吸収して無事だったのかもしれない」

とおっしゃっていたようです。

 

一応後遺症もなく、という話だったんですが、私はこのとき頭を打っていなかったら今のこんな体たらくではなく人智を超えた天才だったんじゃないかと思ってるんですよね。

1987年といえば俳優の石原裕次郎さんが亡くなられた年。

日本はこの1987年、二つの大きな希望を失ったと言っても過言ではありません。

 

 

 

1989年(平成元年) 4歳頃 幼稚園時代

4歳のときに埼玉県与野市から神奈川県横浜市に引っ越してきました。自宅から歩いて8分程度の幼稚園に通うことに。

ここでリカちゃんという女の子に初恋をしました(くそどうでもいい)。

 

現在の私は非常にガリガリ野郎なのですが、当時というか生まれたときから線が細く、そのうえものすごく泣き虫でした。

そのせいなのかどうか、幼稚園の年長さんのときに、年少さんにいじめられて泣く、という事件がありました。

 

あの頃って体が日ごとに大きくなるから、年長さんって年少さんより通常は体が大きいはずなんですよ。

なのにその体格差を覆しての圧倒的敗北

 

まさにこんな状況でした。

 

レゴブロックって本来豊かに想像力をふくらませて組み立てていくクリエイティブな玩具ですよね。

でもこの彼が持っていたのは、そのレゴブロックを縦に積み重ねただけのただの棒ですよ。クリエイティビティのかけらもないただの棍棒。

しかし幼少期のわれわれが生き抜くために必要なのは口喧嘩の強さか腕力です。

そのどちらもない私は同級生のシンヤくんに追い払ってもらい、事なきを得たのでした。

シンヤくんあのときは本当にありがとう!(くそどうでもいい)

 

 

 

おわりに

というわけで0歳~5歳編をまとめてみました。

このあと小学校に入り「お漏らし大帝時代」に突入するのですが、それは今度(いつかは不明)まとめたいと思います。

 

おしまい。

 

 

⇒その後お漏らし大帝時代のことを書きました

『プロフィール補足 小学生編 お漏らし大帝現る』

 

 

 

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